アホヲタ元法学部生の日常

連絡はTwitter ( @ahowota )でお願いします。アニメを見て法律を思い、法律を見てアニメを思う法アニクラスタ、ronnorのブログ。メールはronnor1あっとgmail.comへ。BLJにて「企業法務系ブロガー」として書評連載中。 #新人法務パーソンへ #オタク流勉強法 #明認方法 「アホヲタ元法学部生の日常」(ブログ)、「これからの契約の話をしよう」(同人誌)、『アニメキャラが行列を作る法律相談所』(総合科学出版)等。

弁護士の就職と転職

弁護士の就職と転職―弁護士ヘッドハンターが語る25の経験則

弁護士の就職と転職―弁護士ヘッドハンターが語る25の経験則

 毀誉褒貶がある本である。

 この本は、弁護士資格を持った弁護士のヘッドハンターである著者が、その経験から、弁護士の就職と転職について問題提起した本である。


 この本が批判される理由はわかりやすい。冒頭の「弁護士の品格」の項目で、語られている内容が「弁護士報酬」についてである。もっと他に品格の問題はあるだろと眉をひそめる人もいるかもしれない。


また、問題提起をしているだけで、具体的な解決策を銘記しているわけではない。そのため、具体的な転職の悩みを抱えている弁護士や、就職の悩みを抱えている修習生(含予定者)が、自己の抱える問題を解決する処方箋を求めて読むと幻滅するだろう。
 また、具体的な事務所の評判は記載されていないので、「四大のうち●は地雷」とか「●のパートナーは癖がある」といった情報を求める人の役には立たない。


 しかし、この本は「弁護士業界」、特に大都市における企業法務弁護士の実態を非常に面白い視点から分析しており、その意味では一読に値する。


 例えば、
 (1)タイムチャージ制が大都市で成立している理由(9頁〜)
身銭を切った金で弁護士を雇うなら、当然成功報酬制度にしたい。頑張りましたが負けましたでは、嫌。
しかし、「他人からお金を預かっている」ファンドや大企業の経営者は、そのプロセスの適正性を確保する必要がある。その観点からいうと、成功報酬制度は「失敗するかもしれませんが、失敗したらお金は要りません」であり、これでは困る。むしろ、自分のお金でなければ、「働いた時間分の報酬が発生」しても、気にせず払えるので、喜んでタイムチャージでお金を支払う。


 (2)社内弁護士が増えない理由(31頁〜)
  固定費を考えると給料の5倍は会社に利益をもたらしてくれる人でなければ社内に置く意味はないが、弁護士に2000万円の給料をあげても、本当に「1億円分の利益」に貢献するかわからないから*1


 (3)原告タイプと被告タイプでどちらがクライアントにするのが「報酬を回収しやすいか」(39頁〜)
  他人がお金を払わないので請求するという場合、1億円請求して5000万円回収できれば「ありがとう」ということで、報酬をもらいやすい。これに対し、1億円請求されているが、製品に瑕疵があるので払いたくないという場合、3000万円で和解しても、クライアントは「3000万円も払わないでいいお金を払った」と思っている場合が多く、報酬を請求しづらい。


 といった分析・情報は、なかなか興味深い。


 また、弁護士になった後のキャリアルートとして、

(1)事務所内での出世
(2)官庁への出向→スペシャリスト
(3)企業への出向
(4)独立

 等、少なくとも刊行当時あまり注目されていなかったものを含む様々なルートについて触れており、キャリアを考える一助になる。


 私が一番面白いと思った項目は、事務所からの安易な独立を戒める(?)103〜105頁の記載である。

(企業法務事務所では)新人弁護士が3万円近い時間単価で弁護士報酬を請求することもめずらしくない。(中略)
その弁護士はこう思う。「私がする1時間の仕事には、3万円の価値がある」と。(中略)
しかし、もし、この弁護士が「独立」を真剣に考えているなら、頭を切り替えなければならない。(中略)
「今、私が所属している事務所には、私がする1時間の仕事に、3万円もの対価を依頼者に支払わせるプラットフォームが存在している」と。
そして「今、私が所属している法律事務所は、私がする1時間の仕事に、事務所経費とパートナーの取り分を差し引いても、1万円もの価値を残すインフラが構築されている」と。(中略)
ここでいう「プラットフォーム」とか「インフラ」というのは、「歯車」理論における「自分が担当している歯車以外の部分」をさしている。歯車が自己の働いた時間に応じて不足のない報酬を得るためには、そのための「お膳立て」が必要である。

 大事務所を「歯車に組み込まれるようで嫌だ」と敬遠する人は、こういう視点からものを考えてみるのも一興だろう*2

「弁護士の就職と転職」は毀誉褒貶ある本であるが、
弁護士のキャリアに関し、示唆的な情報を含んだ本という意味で、一読に値する。

*1:逆にいえば年収300万円でよければ…。

*2:私は大事務所の就職担当ではなく、大事務所に入ることを委細構わず薦める訳ではないことは付言しておく。