ストライクウィッチーズと労働法ーいらん子中隊、スオムス配属を拒絶する!?
ストライクウィッチーズ―スオムスいらん子中隊がんばる (角川スニーカー文庫)
- 作者: ヤマグチノボル,上田梯子,島田フミカネ,Projekt Kagonish
- 出版社/メーカー: 角川書店(角川グループパブリッシング)
- 発売日: 2006/09/30
- メディア: 文庫
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1.問題の所在
ストライクウィッチーズは、異形の軍「ネウロイ」と戦うため、魔力を持った少女が飛行脚(ストライカー)を装備し戦う物語である。メディアミックスのため、アニメと小説版で登場人物が違うが、今回は、いろいろな事情から、小説版を例にとりたい。
小説版では、ブリタニアからはエリザベス・ビューリング、リベリオンからはキャサリン、カールスラントからはウルスラ、扶桑皇国からは、智子とハルカが、ネウロイの攻撃が予想される極北のスオムスへの配属を命じられている。
不平不満たらたらの智子を除けば、大体スオムス行きに同意しているようだが、各国軍は、果たして彼女達に対し、スオムス配属を命じられるのだろうか?
2.一般的な転勤命令の可否に関する判断基準
就業規則に転勤を命じることがある旨の条項(転勤条項、「業務の都合により出張、配置転換、転勤を命じることがある」等)があれば、原則として、会社に転勤命令を発令する権利がある。
例外的に、会社との間に勤務場所を限定する契約(勤務地限定での採用等)があれば、その約束が優先される。
また、この命令が権利濫用とされる場合もある。これには、大きく分けて(1)転勤命令の業務上の必要性と命令がもたらす労働者の職業上ないし生活上の不利益の比較衡量、(2)目的の不当性がある。
(1)転勤命令の業務上の必要性と命令がもたらす労働者の職業上ないし生活上の不利益の比較衡量
転勤命令の業務上の必要性というのは、この人を転勤先に配転することが、会社の業務上必要ということである。ポイントは、「転勤をさせる必要性」に加え「その転勤者をその人にすること(人員選択)の合理性」の両者が問われているということである。
この、転勤命令の必要性と対比されるのが、「労働者の不利益」であり、親族の介護看護、子供の世話等の必要性である。
実際の裁判例を見ると、家族3人が病気中で、その従業員が面倒を見ながら支えているという状況下、東京から広島へ転勤を命じるのは「労働者の不利益」が大きいのに対し、人員選択の必要性がそれほどないとして、権利濫用と判断(転勤させられない)したものがある*1。
転勤を認めたものとしては、同居中の母や保母をしている妻を残して単身赴任をするという、不利益が「転勤に伴い通常甘受すべき程度」のものであり、その場合には、労働者の適正配置、業務の能率増進、労働者の能力開発等のための業務上の必要性があれば転勤を命じられるとした最高裁判例もある*2。
総合職の職員については、判例は一般に転勤に寛容で、単身赴任の不利益程度であれば、転勤を認めるための業務上の必要性は低くてよい。もっとも、看護・介護等の必要性が高い場合には、転勤が認められるためには相当高度の業務上の必要性が必要になるといえる。
(2)目的の不当性
目的の不当性の典型は、労働者を退職させようとして行われた転勤命令*3や、会社批判の中心人物への転勤命令*4等である。こういう不当な目的が認定されれば、必要性vs弊害の吟味がなくとも、濫用とされる。
3.出向の場合の特殊性
上記が、一般的な転勤命令の効力の概要であるが、出向の場合には異なる問題が起こる。出向と転籍という似て異なるものについて、まず解説しておくと、転籍は、所属先がA社→B社と変わる場合であり、出向は、所属はA社なのだが、労働力の供給先がA社→B社に変わるものをいう。今回は、元の自分の国の軍から、スオムス義勇独立飛行中隊へと労働力(兵力)の提供先が変わることから、一種の出向にあたるだろう。
労働者は、ある特定の会社で仕事をする契約を結んでいるのであり、「会社が指定した先のどこ(の会社)でも働く」という契約を結んでいる訳ではない。そこで、就業規則上の根拠規定や、採用の際の同意等の明示の根拠がない限り出向を命令することはできない。また、仮に就業規則等に包括的規定があっても、出向をすることで、キャリア的不利益があったり、労働条件賃金等の不利益があることから、そのような包括的規定による出向命令は、密接な関連会社間の日常的出向であり、出向先の賃金・労働条件、出向期間等が労働者の利益に配慮してきちんと規定され、当該職場において労働者が通常の人事異動の手段として受容できるものである必要がある。
この点に加え、転勤と同様の権利濫用の問題があり、出向の場合には、労務提供の相手方が変更することから、この点において著しい不利益を生じないかについても権利濫用の判断上考慮される*5。
4.あてはめ
まず、そもそも、「出向の許諾」があるかは、詳細が分からないことから不明である*6が、友軍に軍隊を貸すといったことも十分ありえることから、何らかの出向の許諾がある可能性が高いので、一応あることを前提としよう*7。
次に、問題は、「必要性」と「不利益」の均衡であろう。
必要性は、友軍であるスオムスに、敵が来る可能性があるため、同盟を組んでいる国で、援軍を出す必要があるというものであろう。
これに対し、不利益は、[1]極寒の国スオムスで「パンツはいてない」状態で勤務しなければならず、従来より著しく勤務上の負担が増加する、[2]自分の家族・友達のいる国から離れて勤務しなければならない辺りであろうか。
不利益が比較的少ないのは、彼女達は独身・若年であり、家族の養育・介護・看護等の必要性があまりないという点であろう。この結果、なかなかスオムス行きが濫用というのは難しいところがある。また、軍隊勤務である以上、環境が厳しい外国での勤務も(一応)予想されていたものといえる。
そうすると、基本的には*8スオムス行きを命令でき、彼女達は拒絶できないということになる。
6.ウルスラの特殊性
ただ、ウルスラには特殊性がある。カールスラントは、現在進行形でネウロイの侵攻にあっている状態で、兵力が不足していることから、扶桑皇国等からの援軍を呼んでいる。こんな「猫の手も借りたい」状況では、いくら、友軍からの派兵依頼でも、「こちらがスオムスからの援軍を依頼したい位の状態であり、援軍はできない」と言って拒絶しても、スオムスから恨まれることはないだろう。
このように、スオムス行きの必要性が特に低いウルスラについては、不利益が相当少なくない限り、「濫用」というべきであり、上記の負担でも、「濫用」と評し得るのではないか。その場合には、ウルスラに対する出向命令は違法であり、スオムス行きを拒めるということになる*9。
まとめ
転勤を命じるには、根拠規定の他、必要性と不利益の均衡上濫用と評されない場合であることが必要である。
出向については、よりハードルが高くなる。
もっとも、軍規等上同意がある場合には、独身・若年の彼女達については濫用というのはなかなか難しい。
とはいえ、ウルスラについては、濫用と評される可能性がある。出向を命じる時には必要性について吟味しなければ、コンプライアンス上の問題が生じる可能性があるのである。