アホヲタ元法学部生の日常

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名探偵コナン沈黙の15分(クオーター)で分かる交通事故の量刑

いつものことながら、本エントリは、コナン映画第15弾「名探偵コナン沈黙の15分」のネタバレを含んでいます。未見の方は、映画館へぜひ!

名探偵コナン (71) (少年サンデーコミックス)

名探偵コナン (71) (少年サンデーコミックス)

1.8年前の事件でやっと出所した山尾
 今年の劇場版名探偵コナンは、舞台は冬山。ダムの底に沈んだ幻の村、新潟県北の沢村が舞台である。
再選された都知事を狙ったテロ。犯人を追うコナン達は、北の沢村に向かう。そこには、北の沢村分校の同級生が八年ぶりに再会していた。


 その一人が、山尾渓介、34歳である。
  幼馴染なのにどうして8年も会ってなかったのか。それは、山尾が最近まで服役していたからである。八年前のある冬の日、山尾は幼馴染の遠野みずきの妹をひいてしまう。しかも、ひき逃げである。その後山尾は自首するが、免停中にスピード違反の飲酒運転と情状が悪く、八年経ってやっと刑務所から出られたという。


なんだ、この違和感は?映画館で、このシーンをみているまさにその時、私は違和感に襲われた。なぜだ!?


2.違和感の原因〜こんな量刑おかしいよ!?
  違和感の原因は、当時ひき逃げで8年も入れる判決があり得たのかである。
  近年は、自動車事故への厳罰化が進むが、8年前はまだまだ牧歌的な時代であった。
 以下、「ひき逃げ」で思いつく罰則を検討しよう。


(1)要件が厳しい危険運転致死罪

 当時から 危険運転致死罪(刑法208条2項)はあったが、本件の適用は困難である。山尾は、一応アルコールの影響があったものの一応普通に運転はできており、反応が鈍った程度であろう*1。事故の主因は、被害者が「なぜか*2」交差点でもないのに車道上にいたことである。
 そして、裁判例は、アルコール又は薬物を摂取して自動車を運転し人を死傷させただけでは十分でなく、現実に,道路及び交通の状況等に応じた運転操作を行うことが困難な心身の状態にならないと危険運転致死罪にならないとする*3
 そこで、本件ではこの程度に至ったとの認定が困難である以上、危険運転致死罪では裁けない。

(2)未改正だよ自動車運転過失致死罪
現行法は、自動車運転過失致死傷罪を規定する。

刑法211条2項 自動車の運転上必要な注意を怠り、よって人を死傷させた者は、7年以下の懲役若しくは禁錮又は100万円以下の罰金に処する。ただし、その傷害が軽いときは、情状により、その刑を免除することができる。

 これは、7年以下の懲役か禁固なので結構重い。
 ところが、自動車運転過失致死傷罪は平成 19年に導入されており、当時は自動車運転過失致死傷罪はない。


(3)業務上過失致死罪
 従って、業務上過失致死傷罪。5年以下の懲役または禁固である。

第211条 業務上必要な注意を怠り、よって人を死傷させた者は、5年以下の懲役若しくは禁錮又は100万円以下の罰金に処する。重大な過失により人を死傷させた者も、同様とする。


(4)その他もろもろ?
 ここで、山尾は飲酒運転を兼ねている。平成19年改正以降は5年以下の懲役か禁固であるが、当時は以下の通り3年以下であった。

道路交通法第117条の2 次の各号のいずれかに該当する者は、3年以下の懲役又は50万円以下の罰金に処する。
1.第65条(酒気帯び運転等の禁止)第1項の規定に違反して車両等を運転した者で、その運転をした場合において酒に酔つた状態(アルコールの影響により正常な運転ができないおそれがある状態をいう。以下同じ。)にあつたもの

  後は、救護義務違反や報告義務違反だが、いずれも業務上過失致死よりも軽い*4
 こういう*5複数の犯罪が同時に裁かれる時、単純に3+5+αという計算ではない。
 併合罪といって、一番長い方の1.5倍まで上げられる(刑法47条)。つまり、5年の1.5倍で7年半が、本件の「上限」である。


(5)7年半以下の「どこ!?」
 さて、条文を形式的に操作して出てくるのは上限*6であって、「本件の山尾にどういう刑を負わせるか」という処断刑ではない。
 ここで、「間違って満員のバスに突っ込んで多数の人がお亡くなりになる」といった場合のひき逃げでも、当時は7年半が上限である*7
 本件の量刑要素としては、無免許、スピード違反、飲酒運転等、情状の悪さが重くする方向に働く事実であり、遺族である遠野みずきの感情も峻烈ということが挙げられる。
 これに対し、死者が一人であること(注:0人死亡ではそもそも致死罪にならない)、自首し、反省の態度を示していること、被害者がなぜか交差点でもないのに車道上にいたこと、祖母による監護等は、有利な事情である。


  従来、業務上過失致死でも、執行猶予が付くケースが多い。
第一東京弁護士会が出している量刑調査報告集IIでは、業務上過失致死は9件報告されている*8が、1件以外は猶予である。その1件も、貨物自動車を運転し横断歩道横断中の被害者を死亡させるという事案であったが、禁固2年求刑で、禁固1年2月の判決である。
  量刑調査報告集IIIでは、近年の厳罰化の影響が出ているはずであるものの47件中43件が猶予、1件罰金、3件実刑である*9
 実刑事案の1つは、禁固4年求刑で禁固3年実刑であるが、1名死亡、4名致傷という複数被害者の事案である。
  禁固3年6月求刑で禁固3年実刑の事案が2件あるが、いずれも、1名死亡、1名致傷である。


 ここで、地裁の裁判官として頭にあるのは、「重すぎると控訴で破棄される」ということである。未公刊だが、原田國男「量刑判断の実際」という量刑界では権威のある本の386頁に紹介されている東京高判平成14年7月16日は、3年6月の原判決が不当として破棄され、2年6月とされた。事案は飲酒はないがひき逃げ後自首した事案で、赤信号を無視し、信号に従って交差点に入ったバイクの被害者(25歳)をひき逃げしたという事案であり、被害者に落ち度はなく処罰感情は厳しく、示談は成立していない。もっとも、無前科で意図的無謀運転とは思われず、婚約者に200万円を払い、保険による慰謝が見込まれるということで、破棄され2年6月の実刑となった。3年6月という「量刑相場を超えているという判断も現時点では妥当*10」と同書は評価する。


 ところで、被害者の数が二人ではあるが、時期も事案もかなり似ている判例を発見した。これが、宇都宮地裁平成15年7月23日(裁判所ホームページ)である。
 この事件は、かなり情状が重い。18年前に自動車事故を起こした被告人が、平成15年3月17日の午後7時頃、飲酒運転の常習傾向ある中、相当の飲酒したのに、車を運転して帰宅しようとした。確実な運転操作が困難になっていることを十分認識したにもかかわらず、安易に運転を継続し、その結果仮睡状態に陥りアクセルを踏み込む状況を招いて一般道を90キロという高速度で車を走行させ、道路左端を歩いていた2人の少女の命を奪うという凄惨な事件である。しかも、被告人は、フロントガラスにひびが入り,ボンネットの激しい歪みを見て人身事故を起こしたことを認識したにもかかわらず飲酒運転の発覚等を恐れてその場を逃走したものである。
宇都宮地裁は、被告人の刑事責任が十分重いことを認めたものの、後に自首したこと、反省、保険による慰謝の可能性、家族の監督等から、上限である7年半を科すには至らないとして、懲役5年6ヶ月とした*11


 被害者数が少なく、また、被害者が歩道にいれば事故は避けられた可能性が高いという点から、この、宇都宮地判の事案と比較すれば山尾の情状はまだ軽い。
この宇都宮地判を前提とすれば、山尾は4年〜5年の懲役というのが、当時の量刑相場である。そう、8年に全然足りない、というか、半分である。
  

3.真実はいつも一つ!
(1)実は破棄されていた宇都宮地判
 ここで、裁判所ホームページでは、この宇都宮地裁判決について確定したともしないとも書いていないが、判例体系&LEX/DBを探したところ、東京高判平成15年12月10日という、控訴審判決があった*12。そして、5年6月という宇都宮地裁の判決を破棄し、7年としたのである。
  

 事故そのものの悲惨さ,被告人の責任の重大さはいうに及ばないが,事故の原因はまさしく被告人が飲酒の上で運転に及んだことにあるのであり,近時,飲酒運転による悲惨な事故が多発して社会的に厳しい非難を浴びている折から,被告人が飲酒の上で運転を開始したばかりか,酒の影響により正常な運転行為ができないことを認識したにもかかわらずこれを中止しなかった無謀さは厳しく責められなければならない。しかも被告人は(中略)下車することもしないままその場から逃走したもので,いかに気が動転したとはいえ,その行為は人倫に悖る極めて卑劣なものというほかない
 被害者両名は,いずれも当時中学2年生で,(中略)理不尽にも突如として生命を奪われたもので,その無念さを思うとき言葉もない。同女らの成長を楽しみにして愛情をもって見守り育ててきた両親をはじめ,兄弟姉妹,祖父母ら遺族の悲嘆や喪失感も察するに余りある。事故そのものは過失によるものではあるが,前記のとおり,それが無謀な飲酒運転に起因するものであること,事故後に下車することもなく逃走したことを知ってやり場のない怒りに震える遺族らの強い被害感情はまことにもっともなものであり,これを軽く見ることはできない。
 以上によれば,被告人の刑事責任は極めて重いといわなければならない。
 そうすると,業務上過失致死罪については自首が成立していること,被告人が一生をかけて償っていくと述べるなど真摯に反省していると認められること,対人無制限の任意保険の適用により,相応の賠償が見込まれること,被告人には約18年前の人身事故による罰金の前科があるだけで,それ以外に前科はないことなど,被告人のために酌むべき諸事情を最大限に考慮しても,本件の犯情にかんがみ,被告人を懲役5年6月に処した原判決の量刑は,軽きに過ぎて不当であるといわざるを得ない。
東京高判平成15年12月10日より


 上記の東京高判平成14年7月16日のような、過失だから軽くしようという考え方からは、宇都宮地裁の裁判官が5年6月くらいの「軽め」の量刑にしないと控訴審で「重すぎる」と破棄されるのではと悩んだ気持ちも分かる。しかし、東京高判平成14年7月16日のわずか1年半後に同じ東京高裁は、5年6月を「軽きに過ぎて不当」としたのだ*13


 この宇都宮地判の事案について「7年」が相当とした東京高裁の考えを前提とすれば、山尾を5年〜6年に処すことは、量刑として十分可能である


(2)それでも8年には足りないよ!?
 しかし、6年としても、後2年足りない。この2年はどう考えるべきか。
 ここで、宇都宮地裁判決が東京高裁で否定されてしまったように、従来の「過失だから軽く罰する」という傾向が「飲酒ひき逃げは故意にも比肩すべき悪質性があるから極めて重く罰すべき」に変わりつつある「過渡期」が、平成15年、つまり8年前であった。
 そうすると、下級審と上級審の判断が分かれたりして、審理に時間がかかることは十分あり得る。
 上記の宇都宮地判の例では、事故後7月に地裁判決が出た後、12月に高裁判決があり、更に上告されており*14判決確定まで事故後1年以上かかっている。  山尾の件でも確定まで2年近くかかることは十分あり得る。
 その場合、例えば、懲役6年なら判決確定後に執行が開始されて、それから6年間収容されるというのが原則である*15


 そう、*16交通事故で8年も身柄を拘束されるというのは、平成15年当時であれば十分あり得たのである。

まとめ
 自動車事故による凄惨な被害による厳罰化が進んでいる。
 平成15年は、まさに、量刑相場が音を立てて揺れ動いていた事案であり、宇都宮地裁と東京高裁が真逆の判断をした。
  山尾が8年も刑務所から出られなかったのは、量刑相場の変動に翻弄されたという可哀想な面もある。しかし、ダムができる前に出ていれば、コナンの「あの」活躍もなかったはずであり、沈黙の15分を作品として成り立たせたという意味では評価できる側面もある。
まさに、時代背景を「8年前」とした製作者の判断は、法律的裏付けもあったものである。

*1:さもなくば、曲がりくねった山路をあそこまで事故もなく運転してこれない

*2:ネタバレになるので、本エントリではこの程度にしときます

*3:例えば、千葉地判平成18年2月14日判タ1214号315頁、井上宏他「刑法の一部を改正する法律の解説」曹時54巻4号33頁以下

*4:今は重罰化で10年以下になってます。

*5:手段結果等の関係にない

*6:実は下限も出てくるが省略

*7:観念的競合刑法54条1項。なお、今は危険運転致死罪に至らない場合を前提とすると最高15年

*8:126〜127頁

*9:194〜197頁

*10:377頁

*11:もちろん実刑

*12:参考まで、判例秘書にはなかった。なお、判例秘書の名誉の為に言っておくと、逆の場合もままある。最低2つ、できれば3〜4の判例検索ソフトを使えるようにしておきたいものである。

*13:なお、平成14年7月は危険運転致死罪が既に導入された後である

*14:認められれば収録されているはずなので、認められなかったものと推測される

*15:未決勾留の算入制度はあるが、劇的な影響はないだろう

*16:危険運転致死罪にならない程度の