アホヲタ元法学部生の日常

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陪審手引〜80年前の「陪審員」のためのハンドブック

陪審手引

陪審手引

1.あなたも陪審員
古臭い、装丁である。まるで戦前のような


そう、この「陪審手引」は、昭和6年に刊行されたハンドブックである。
陪審制度。戦前の日本にも、今の裁判員制度と似ていて異なる、国民が裁判に参加する制度があった。
陪審員経験者等が作った「大日本陪審員協会」が陪審員候補者に選ばれた人のために作った手引書。これが、陪審手引」である。


2.平易に裁判手続を解説
 ちょっと読んでみよう。

 封建時代のいわゆるお白州裁判から、一躍して西洋風に裁判制度が布かれて、既に五十余年を経過して、昭和三年十月、機運は熟していよいよ前古未曾有の民集裁判である、陪審制度が実施されることとなったのであります。そうして国民自ら陪審員として法廷に列し、犯罪事実の有か無いかを、判断しなければならないという、実に重大な任務を負うことになったのであります。
 しかるにもかかわらず、一般国民の中で今なお、陪審法が何であるか、また陪審員は何をするのであるかさえも、知っておらない人が、決して少なくないようであります。陪審裁判は俗に常識裁判とも言われております位で、一に陪審員の常識を煩わすのでありまして、特に刑法の条文とか、刑事訴訟法などというむずかしい事を、知っておく必要はないのでありますが、さりとて陪審員候補者となった以上は、せめて陪審法の精神や、自分が法廷に参与した場合、どんな心持ちで裁判に臨まなければならないか位の事は、ぜひ知っておかねばならぬことであります。これはここに改めて喋々するまでもなく、日本国民の当然の義務であります。そこで諸君のために、十分の会得の行くよう、極めて分り易く順序を追って解説してみようと思います。
大日本陪審員協会「陪審手引」3〜4頁。なお、フリガナを振らない代わりに、漢字や平仮名を現代のものに直し、一般に平仮名で使われる感じを平仮名にした。

どうだろうか。実物は、「國民」とか「當然」といった、昔の漢字が使われていたりするが、数字以外の全ての漢字にフリガナが振られている
 どうも、小学校卒業程度の学力があれば良い*1ので、そのような、「何とか読み書きできる」位の人でも十分に分かるような書き方にしているようです。
 内容は、陪審員制度の説明と、刑事裁判手続の説明、そして陪審として判断する場合のポイント等です。


3.興味深い違い
 陪審員制度と、裁判員制度は違いがたくさんあるものの、以下のような点が興味深かった。


(1)高額納税者の男子のみが陪審員になれる
 直接国税3円を納めることが条件になっていました。

少なくとも直接国税の3円くらいは納める事の出来る、土地その他の財産を持っているか、又はこれくらいの納税のできる、営業をしている人でないと、陪審員という甚だ大切な職務を行うに、不都合であるというので、このように取り決められた次第であります。
大日本陪審員協会「陪審手引」27頁

 当時は、普通選挙は実施されていたはずですが、陪審員制度では、まだ納税額による差別があった訳です。
 更に、

我国現在の事情から見て、女子を陪審員に加えるのは、まだ適当でないということになっている
大日本陪審員協会「陪審手引」26頁

ということで、男子のみに認められています。まだ女子の普通選挙権が認められていない時代背景の影響が色濃いところです。


(2)被告人が選べる
 今の裁判員制度は、完全に「対象事件」で分類されているので、被告人に選択権はありません。
 当時は、
法定陪審事件は、殺人、放火といった、死刑・無期の懲役・禁錮になる事件で、被告人が辞退しない限り法律上当然に陪審裁判になります。
 請求陪審事件は、3年以上の懲役・禁錮になる可能性のある窃盗・詐欺等で被告人が請求した場合に陪審裁判になります。
 逆に言うと、3年以上の懲役・禁錮になる可能性のある事件は、被告人が陪審員制度をやりたいと思ったら「拒否らない(法定)」か「請求する(請求)」ことで、陪審員制度を選べるんですね。


 ただし、陪審裁判は事実認定を目的としているので、自白をすると陪審制度の対象外となります。量刑も裁判員と裁判官で決める裁判員制度とは大分違います。


(3)裁判所がNoと言える
 興味深いことに、陪審員の判断に裁判所がNoと言えるんですね。
 例えば、陪審員に対しては、「被告人が殺人をしましたか?」といったYes/No形式の質問(問書)が出され、これに対し多数決方式*2「然り」「然らず」という「答申」を行うことになります。
 で、このあと、裁判長と陪席裁判官が答申の採択を合議するんですね。

万一陪審の答申を裁判官が不当と認めた場合は、裁判所はこれを採択しないのであります。例えば幾多の証拠によって、裁判官が有罪と認めているにもかかわらず、陪審が無罪、すなわち然らずと答申したような場合であります。
大日本陪審員協会「陪審手引」64頁

 裁判官の意見と陪審の意見が異なると採択されないということであれば、結局、陪審が判断をしているのではなく、裁判官が判断するということになります。この点は、大日本陪審協会は素晴らしいことと絶賛しておりました。

欧米諸国では陪審の評決が絶対的でありますから、立派に有罪の証拠があっても、陪審が無罪と答申すれば、裁判所はこれに拘束されて、必ず無罪の判決を下さねばなりません、ここに外国陪審の弊害欠陥があるのでありますが、我国の陪審は前述のごとく、厳正公平を期する意味から、不当なる陪審答申には何ら拘束されないのであります。この点が日本独特のもので、世界に誇り得るのであります
大日本陪審員協会「陪審手引」64頁

ただ、四宮啓先生の解説によると「主権者でなかった人民の評決は、主権者である天皇の代理としての裁判官を拘束することはできなかったのである。その結果、陪審の答申に納得しない裁判官は、何度でも陪審裁判のやり直しを命ずることができた。」とのことですから*3、旧憲法統治権の考え方が色濃く出ているのが実情のようです。

まとめ
 裁判員制度施行から2年が過ぎ、裁判員制度の是非や、改善の要否についての議論をするためのベースが、着実に蓄積されつつある。
 その場合に、裁判員制度との比較対象として、外国の陪審員・参審員制度を参考にするだけではなく日本で行われた陪審制度との比較は、一つの興味深い視座となろう。
80年前に行われた制度もまた、「一般国民にも、裁判手続の一部に参与せしめたならば、一層裁判に対する国民の信頼も高まり、同時に法律知識の涵養や、裁判に対する理解を増し、裁判制度の運用を一層円滑ならしめようとする精神から、採用されることになったのであります。」*4と、裁判員制度と似た趣旨で導入されている。
 陪審員制度の意義や問題を問い直すことで、裁判員制度の是非やその改善の要否について、より建設的な議論ができるのではないか。

*1:大日本陪審員協会「陪審手引」28頁。ただし高等小学校のことと思われます。

*2:12名の陪審員で7人以上の合意がないと有罪にできない

*3:大日本陪審員協会「陪審手引復刻版」102頁

*4:大日本陪審員協会「陪審手引」11頁