アホヲタ元法学部生の日常

連絡はTwitter ( @ahowota )でお願いします。アニメを見て法律を思い、法律を見てアニメを思う法アニクラスタ、ronnorのブログ。メールはronnor1あっとgmail.comへ。BLJにて「企業法務系ブロガー」として書評連載中。 #新人法務パーソンへ #オタク流勉強法 #明認方法 「アホヲタ元法学部生の日常」(ブログ)、「これからの契約の話をしよう」(同人誌)、『アニメキャラが行列を作る法律相談所』(総合科学出版)等。

3月のリヴァイアサン〜「妻子捨男」の脅威から三姉妹を守れ!


本ブログ記事は、羽海野チカ3月のライオン』10巻最終ページまでの内容のネタバレを含みます。未読の方は、先に読んでから本記事をお読み下さい。


1.はじめに
 その男は些細な事から塾講師を辞めてしまう。仕事もせず、家業の手伝いも長続きしないまま、ダラダラと暮らす。
 家の中で居心地の悪さを感じたその男は、「そのままの自分でいい」*1という女性と不倫。
 不倫相手と暮らすため、妻と三人の子を捨てた。妻は、泣く泣く離婚に同意する。


 それから、はや5年が経った。男は、音信を絶ち、三女の顔さえ一度も見た事が無い。
 妻はその後病で亡くなり、長女は母の代わりに三女を育て上げ、次女を中学校から高校へと通わせた。


 突然、何の前触れもなく、そんな最低最悪の「妻子捨男」が帰ってきた。
 勤め先で再度不倫問題を起こし、セールスをやっていた中古車販売業者を解雇され、社宅を追い出される運命となったその男は、
 今の妻子を連れて元の家に引っ越したい、同居がいやなら三姉妹が家を出ていってもいいと言い出す


 これに対し、三姉妹の家に居候している若き天才棋士桐山は、次女と結婚するといって異議を申立てる。



 これが、羽海野チカ先生の名作*2『三月のライオン』、妻子捨男編(10巻115頁以下)の「あらすじ」である。
 桐山が直面する「バケモノ」(10巻169頁で「父親」についたルビ)は、法律を学んだ者なら誰もが知るホッブズの『リヴァイアサン』に出てくる怪物リヴァイアサンを思い起こさせる。


 法律的に見て、桐山に勝機はあるのだろうか??



 光栄にも、大変熱烈なリクエストを頂いた以上、これに応えるのが「仁義」というものだろう(謎)。


2.三姉妹の法律関係
 まず前提として、川本三姉妹は、今どういう法律関係にあるのだろうか。



 夫婦が離婚すると、子どもの親権者は夫婦のどちらか一方となる(民法819条1項、2項参照)。
 父母の離婚直後は、少なくとも母親が親権者となったと理解される。問題は、母親がいなくなった後である。



母親がいなくなると、元父親が自動的に親権者として復活するのだろうか?



 この点は争いがあり、一部の学説は、当然に元父親が親権者として復活するとする*3


 しかし、審判例の主流はそのようには考えていない*4


 主流的考え方に基づけば、唯一の親権者である母親がいなくなった以上、「未成年者に対して親権を行う者がないとき」民法838条1号)として、後見が開始する。そして、父親に対しては、一定の要件の下*5家庭裁判所が、これを親権者として指定する(親権者を変更する)ことができるに過ぎない(民法819条6項)。




 すると、例えば、ひなたちゃんが問題なく高校へ通えているということからすれば、未成年後見人が既に選任されていると考えるのが自然である。おばさんの美咲もしくは、祖父の相米二が後見人になっていると理解される。


 そして、5年以上音信不通ということは、妻子捨男を親権者とする親権者変更の審判は行われていないと理解される。



 よって、法的に言えば、「妻子捨男」は、川本三姉妹の財産を管理し、監護・養育する権利*6を持たない、赤の他人ということになる。



 桐山は自分で生計を立てられるが、妻子捨男は生計を立てられていないと指摘する桐山にいらだった、妻子捨男は、

あのさあ
自分語りしたいなら
ホント早く消えろよ
これは家族の話
なんだよ
他人には
関係ないだろうがっ

羽海野チカ3月のライオン』10巻163頁


と捨て台詞を吐くが、法的に言うと、妻子捨男こそが、家族ではない他人なのである。


その意味は、川本三姉妹の住む家に対して、妻子捨男が住む権利はない*7ということを意味する。むしろ、嫌がるのに入っる行為が住居侵入罪、出て行けといわれても居座る行為が不退去罪になるのだ。



3.父母の同意権
 ただし、現行民法がおかしな規定を置いているので、桐山とひなたちゃんの間の結婚はなかなか難しい。

(未成年者の婚姻についての父母の同意)
第七百三十七条  未成年の子が婚姻をするには、父母の同意を得なければならない。
2  父母の一方が同意しないときは、他の一方の同意だけで足りる。父母の一方が知れないとき、死亡したとき、又はその意思を表示することができないときも、同様とする。


この民法737条は、要するに、未成年であるひなたちゃんが桐山と結婚するためには、その父母の一方が同意しなければならないというものであるが、これがなぜ規定されたかといえば、判断能力が低い未成年である子の保護にある。そこで、一部の学説*8のいうように、本来は同意権者を親権または監護権を有する父母に限定すべきであろう。



 もっとも、法文上「親権者」ではなく「父母」と書いてしまっている以上、妻子捨男のような親権のない父母も同意権があると解さざるを得ない*9。その意味で、民法737条1項は「立法ミス」といえる。



 この点、父母全員が同意するのではなく、父母の一方が同意すればそれで足りる(民法737条2項)ので、親権がある方が同意をすることによって通常は大きな問題にはならない。そこで、学説上も「実際問題としては、かかる(注:親権のない)父母の同意なしに婚姻を成立せしめることも可能であろう」*10として、この「立法ミス」を大きな問題とは捉えていないようである。



 確かに、親権者である母親がいた頃であれば、その母親が同意すればよかった。しかし、まさに本件のように、親権があった母親がもはやいない場合には、一方の同意の意味は「ひなたちゃんが桐山と結婚するためには、妻子捨男の同意が必要」ということである。妻子捨男に嫌われている桐山は、ひなたちゃんと結婚できるのだろうか?



4.養子縁組
 この問題の「法的」解決策としては、ひなたちゃんの養子縁組が考えられる。
 すなわち、ひなたちゃんがおばさんの美咲もしくは、祖父の相米二と養子縁組をすると、実父である妻子捨男に加え、養父母が生まれる。
 そして、養父母を同意権者とするのが戸籍実務である*11


 そう、養子縁組をして、新たに養父母となるおばさんないしは、祖父に同意をしてもらうことにより桐山はひなたちゃんとの結婚ができるようになる。

まとめ
 バケモノ(リヴァイアサン)である妻子捨男の「俺は家族(親権者/監護権者)だから一緒に住む権利がある」という主張は法的に理由はない。
 しかし、民法737条が、未成年者の婚姻に同意をすべき人を「父母」とだけして親権者であるかを問わないという「立法ミス」の結果、桐谷とひなたちゃんの婚姻が妨げられてしまう。
 これに対して実務的には養子縁組による解決は可能であり、リヴァイアサンを「退治」することはできる。しかし、そもそもこのような「立法ミス」は即刻直すべきだろう。 
 「三月のライオン」の事例は、この「立法ミス」が時に深刻な結果をもたらすことを教えてくれるものであり、法学的にも大変重要な意味を持つ。

*1:Let it go!?

*2:「歩」君にすごく同情するのですが、読みながら色々なところで涙を流しました。

*3:当然復活説。同説の具体的内容については『新版注釈民法(25)』255頁参照。

*4:『新版注釈民法(25)』51頁

*5:この「要件」については、後見人未選任であることを要件とするべきかについて、制限回復説と無制限回復説が対立する。

*6:ここで限定をしている理由は、相続権等、監護権・親権とは無関係な権利は残るからである。

*7:監護養育の一環として同居するとは言えない

*8:『新版注釈民法(21)』236〜237頁

*9:『新版注釈民法(21)』237頁

*10:『新版注釈民法(21)』237頁

*11:昭和24年11月11日民事甲2641回答