はぐれた九官鳥を拾ったら誰の物になる? 90年前の大事件「九官鳥事件」を読み解く
- 作者: 穂積重遠,大村敦志
- 出版社/メーカー: 信山社
- 発売日: 2011/12/24
- メディア: 単行本
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本エントリはラブライブ!サンシャイン!!の2期アニメ第5話のネタバレになる可能性があります。
1.手に汗握る逆転事件
九官鳥事件(大判昭和7年2月16日大審院民事判例集11巻138頁)、これは民法195条を勉強する法学部生は皆聞いたことがある事件である。しかし、この事件は、手に汗握る逆転事件であり、内容自体が面白い。
まるで、アニメの原作になりそうなくらいである。
以下、穂積重遠『有閑法学』の第53話と第54話を題材に、九官鳥事件の解説をしたい。
2.事案の概要
さて、場所はある港町*1。話は、桜内某(仮名)の家に九官鳥が飛び込んできたことから始まる。
桜内某は、九官鳥をかわいがり、ノクターン(仮名)と名付けた。
それから、荒牧某(仮名)がやってきて、この九官鳥は荒牧が飼っていたアンコ(仮名)であるとして、九官鳥を持ち去ってしまった。
そこで、桜内は、荒牧に対し所有権に基づく九官鳥の返還を請求した。要するに、この九官鳥は自分の所有物であるから返せ、ということである。
3.所有権に基づく主張と占有権に基づく主張
少し複雑だが、民法において「物を返せ」という主張には2種類のものがある。
1つは所有権に基づく請求であり、自分の物、所有物については、それが第三者の下にあれば、所有権(自分のものだ!)を理由にその返還を請求できる。
もう1つは占有権に基づく主張であり、ある物を自分が事実として持っていたことを理由に第三者に対して返還を請求できる。
そして、桜内がノクターンの所有者で、かつ、占有者であれば、荒牧に対し、所有権に基づく返還を請求できるだけではなく、占有権に基づく返還請求もできる。
このような2つの類似の請求が存在する理由は非常に分かりにくいが、簡単に言えば、裁判制度がある以上、どういう理由があっても、他人が現に占有しているものを裁判制度外で持っていくこと(自力救済)は許されないので、とりあえず事実上占有していることを根拠に(つまり所有者が誰かを問うことなく)、元々の占有状態への復帰を認めるという趣旨ということになる*2。
4.所有権に関する訴訟ー民法195条を巡る戦い
さて、桜内はノクターンが自分の物だ、つまり、自己の所有物だから返せという所有権に基づく訴訟を荒牧に対して起こした。
このような主張の根拠として、桜内は、民法195条を使った。
民法195条 「家畜以外の動物で他人が飼育していたものを占有する者は、その占有の開始の時に善意であり、かつ、その動物が飼主の占有を離れた時から一箇月以内に飼主から回復の請求を受けなかったときは、その動物について行使する権利を取得する。」
要するに、桜内は九官鳥という「家畜以外の動物」を、他人(荒牧)のものとは知らずに1ヶ月以上飼っていたので、九官鳥の所有者になった、と主張したのである。
第一審と第二審では、この主張が認められ、桜内が勝訴した。
ここで重要なのは、第一審と第二審では、時系列として、
先に桜内のところに九官鳥(ノクターン)が舞い込んできて、その後で荒牧の九官鳥(アンコ)が逃げた
という時系列を認定していたことである。つまり、この2つの九官鳥が違う九官鳥である、というのが第一審と第二審の認定であって、当然に九官鳥は荒牧のものではないことになる。
ところが、最終審の大審院(今の最高裁判所)は、民法195条の解釈を理由に桜内を敗訴させた。
「九官鳥は我国においては人に飼育されその支配に服して生活するを通常の状態となすことは一般に顕著な事実なれば、同条にいわゆる家畜以外の動物に該当せず。」(カタカナをひらがなにする等の所要の修正済み)
要するに日本において九官鳥は「家畜」なので、家畜以外の動物に関する民法195条は本件には適用されないから、桜内は所有権を同条に基づき手に入れることはできないとされてしまったのである。
確かに(上記第一審と第二審のいうように)荒牧は所有者ではないかもしれない。しかし、桜内が起こした訴えは「(桜内の)所有権」を根拠とする訴えである。そこで、桜内は自分の所有権の存在を基礎付けなければならない。その際に桜内は民法195条を根拠としていた。大審院の判断によると、民法195条が適用されない以上、桜内の所有権を理由とする返還請求は認められないことになった、というだけである。
5.占有権に関する紛争ー桜内の勝訴
このように、所有権に基づく訴えでは桜内は苦杯をなめたが、ノクターンへの思い入れの強い桜内は、抜かりなく別の請求もしていた。
つまり、桜内は、荒牧に対し「占有権」に基づく訴えを別の事件として起こしていたのである。
上記のとおり、この占有権による訴えは、それが所有権に基づくものではなくてもよく、あくまでも自分が元々占有していた物(ノクターン)の占有を奪われたということを主張すればよい。
つまり、桜内がこれまで占有していたノクターンについて、荒牧がその占有を奪ったとさえ主張すれば、誰の所有物かに関係なく、その返還を求めることができるのである。
そして実際に桜内は占有の訴えに勝訴し、大審院での敗訴判決後にかかる勝訴判決の執行により九官鳥の返還を受けることに成功した。
6.差戻し後の経緯
とはいえ、これで全てが終わった訳ではない。占有の訴えによって暫定的に元の状態に回復はしたものの、最終的には所有権者が荒牧であることが決まれば、荒牧は桜内に対しアンコの返還を求めることができる。
そして、所有権の帰属を争う事件は、大審院によって元の裁判所に差し戻された。
桜内は、もう民法195条を根拠に、九官鳥が自分のものであるとは主張できないことから、違う理由で桜内の所有権を基礎付けようとした。
なんと、「実は津島某(仮名)が九官鳥(ライラプス)を逃がしており、桜内が拾ったのはこの九官鳥である。桜内はその後津島から九官鳥の譲渡を受けた。」と主張したのである。
これに対し、荒牧は反訴を起こして所有権等の確認を求めると共に、(上記のとおり占有の訴えで負けてアンコが桜内の下に移転したので)所有権に基づく引渡も求め、徹底抗戦の姿勢を取った。
この際には、荒牧は「差戻し前の第一審と第二審での事実認定は誤りであり、荒牧が九官鳥(アンコ)を逃がした直後に桜内が九官鳥を飼い始めたのだ」と主張した。
このように、荒牧の主張と桜内の主張は真っ向から対立した。勝敗は裁判所の事実認定にかかっている。
裁判所は、荒牧に軍配を上げた。
裁判所は、津島の九官鳥(ライラプス)と、桜内の九官鳥(ノクターン)の同一性について、問題の九官鳥(ノクターン)は時折「バカヤロウ」といった下品な言葉を使って鳴くが、津島の九官鳥(ライラプス)はこのような下品な言葉を使うことはなかったとして、桜内が津島の九官鳥を譲り受けた事実を否定し、その上で、荒牧が九官鳥(アンコ)を逃がした直後に桜内が九官鳥を飼い始めたとして、桜内の九官鳥(ノクターン)は、荒牧の九官鳥(アンコ)であると認定したのであった。
こうして、九官鳥は荒牧のものであるとして、荒牧の勝利(荒牧に九官鳥の引渡を命じる判決)で裁判は終わりを迎えたのである。
まとめ
九官鳥事件は九官鳥の所在が荒牧ー(逃げる)→桜内ー(奪う)→荒牧ー(占有権の訴えの執行)→桜内ー(所有権の訴えの執行)→荒牧とめまぐるしく移っていく、大逆転に次ぐ大逆転事件であった。
しかも、第三者(津島)からの譲渡の話が大審院判決後に突然出て来る等、まるで「運命」とか「見えない力」が働いているようである。
このようなストーリーであれば、アニメの原作になってもおかしくない。
私は密かに、ラブライブ!サンシャイン!!2期アニメ第5話の原作は、九官鳥事件ではないかと思っているのだが、テレビ版ではクレジット表示がなかった。ブルーレイに「原作 大審院」という表示が出ることを期待したい
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